ピュア・メディカル社長ブログ『HIROの自分が変われば世界が変わる』

国のやるべきこと

2018.03.23

とくに今月は「森友学園」問題にかかわる公文書の書き換え問題で政局は大荒れですね。自殺者まで出したのですから当然です。まさに長期政権と財務省のおごりでもあり、また役所は、政治家には背けないといった構造もはっきり表れましたね。財務省も色々と釈明していますが、すべて国民にはお見通しです。なんと無様な行為としか私には見えません。

日本の超エリートといった人達はやはり道を外した行動をとった場合、それを認めることは絶対せずに、「自分の行なった事は絶対に正しいのだ!」と自分に言い聞かせ、それを信じさせているようにも思います。それほど、彼らの職務は重く実権を持ったものであり、規定されたものから外れたことは決してできないという事なのでしょう。

でも、自殺者まで出しても、真実を述べられないような世界(あるいは生活)なのですから、人間としてはみじめのように私は思います。

しかし、新聞を見ている限り、今回の問題になっている内容にかかわるお金の問題は数億円と国家予算から考えてもたいしたことなく、それよりも「こんな問題に時間をかけるのではなく、もっと国としてやるべきことがあるのではないのかな・・」と感じてしまいます。

確かに公文書を書き替えたことは国民の信頼を裏切ることですから、これを有耶無耶にはできないです。この決着はしっかりとつけなければいけません。ただ、国が金額的には針のような小さな問題でここまで騒ぎ立てるのはいかがなものか?と思ってしまいます。

3月になってやっと受験戦争から解放され大学生活の楽しみに期待に胸躍る学生たちや、4月より社会に出る若者たちを見ながら、若い世代の人たちが本当に楽しい生活を送れる日本が維持できるのであろうか?といった事の方が私にはもっと不安です。

ビットコインに夢中になる若者、YouTuberとして金を稼ぐ若者といったように、若者たちがお金を作り出すのに他人とのかかわりを持つことなく、ただネットのみの世界で自分の好きなことをやっていれば良いと聞きます。わざわざ電車に乗って会社に行き上司の命令に従わなくても、大金が入ってくる。だから、「サラリーマンなんか、バカバカしくってやっていられないよ」といった感覚が生れてしまうのではないかと心配してしまいます。

彼らに「労働の価値とは何か?」を忘れてしまうようなことが起きぬようにと、そのことがとても心配です。

また、サラリーマンであれば給与をもらうたびに、色々と控除されて手取り額が少なくなってしまいますが、この大きな原因は何といっても健康保険と年金です。しかし、この資金確保に国は八方ふさがりです。これを増やすには労働者の数を増やすか、皆の所得が大きく上がらない限り無理なのですから。

今の若者が払っている年金控除額は自分らが将来もらう年金のためというよりも、現在、国が年金を給付するのに必要とされるお金のためです。日本の人口構成(少子化)がこのままであれば、彼らが将来、年金をもらえることはほぼ可能性ゼロなのです。

そういった中で、先ほど言ったような若者がどんどん増えていったら、日本はどうなるのでしょうか?彼らは他人の気持ちなど考えることもなく日本から脱出することでしょう。そういった生き方をしているのですから、思考は昔の人の団体意識とは全く違います。

ですから、今の日本は目の前で起きている「森友学園」問題も大切なのはわかりますが、もっと先の問題に取り組むことを考えてもらいたいと思います。国民は今の政権がどのような未来像をもたらしてくれるのかを期待しているのですから・・・。

どうして、そんなにネガティブになるの?

2018.03.16

人と会話をしていて「この人の考え方は自分に合わないな・・」と感じることがありますよね。

これは、皆さん、生きてきた環境が違いますから当然のことです。私も同じです。

そういった中で、私に合わない人とは、何か難しいことに挑戦しようとする時に「そんなこと無理だよ。出来ないよ!」といったネガティブ発言をする方々です。

つまり、その挑戦が自分のことであろうと、他人のことであろうと。

挑戦においては、その将来の結果は誰にもわかりません。

でも、同じような挑戦を過去にした方がいて、成功したのであれば、私たちは同じ人間なのだから成功するチャンスがあるはずです。それであれば挑戦すべきです。

確かに、挑戦には困難がつきものです。

その困難なことが100%出来ないというのであれば、「無理だよ!」といった意見は理解できます。

しかし、たとえ0.01%の可能性であっても、そこにチャンスがあるのであれば、それを成し遂げることは「無理ではない!」と私はいつも考えています。

つまり、「100%出来ないことがハッキリと証明されなければ無理ではない」といった考え方です。

ですから、0.01%といった少ない成功の可能性であろうとも、可能性がある限りは「出来る」といった言葉を使うべきなのです

ただし、「出来る」ことを人に報告するときはその成功を確立して言うべきですがね。

「出来ない」という方は、まるで100%出来ないかのように言いますが、「これ以上考えることが出来ないという程、考え抜いて言っているのか?」と思えば、多くの場合そういったことはありません。

寝ても覚めても考え抜いたなどといったことはしていません。

仕事の場合であれば会社で考えた、電車の中で考えた。といった程度で、夢の中までは考えてはいませんから、こんなことでは「考え抜いた」にはなりません。

ですから、こういった方は「出来ない」という言葉を言うのでなく「困難な問題があるからこれを克服しなければいけない」とか「乗り越えなければいけない課題がある」といった表現をして、もっとポジティブに考えるべきです。

私は、日々の行動や発言は人の生き方を変えると信じていますので、マイナス言葉はやはりプラス表現で言うべきだと思うのです。

その方が人生は、きっと楽しいはずです。

自分のスタンスはどちらなの?

2018.03.09

皆さんも人から色々と相談を受けることが多いと思います。私も年齢を重ねたからの理由なのでしょうが、老若男女問わず相談を受けることが多い気がします。

そういった相談を受ける際に最も困ることは、その方のスタンスが決まっていない時です。

「●●●で悩んでいるのですけど、どうすればいいでしょうか?」と言われても困ってしまいます。

まずは「その方がどうしたいのか?何故、そう考えたのか?」その決断をした根拠が何も解らなければ、何もアドバイスできませんよね。

皆さんはどう思われますか?

あるいは「自分は色々と考えた上で●●●と決心した!」と言っているのに、私がそれとは違うアドバイス(相手が期待していないような答え)をすると、すぐに心が動揺してしまう人がいます。

これっておかしいですよね。

「色々と考えて・・・」と言っているにもかかわらず、色々と考えてないから、すぐに心が変わる(動く)のではないでしょうかね?

「決心をした!」と言っておきながら、「やはり決心してないじゃないか!」と言いたくなります。

やはり、相談する際にも、とことん調べたり、考えぬいて自分のスタンスをしっかり決めておかなければ、相談を受ける側を含めて互いに時間の無駄になってしまいます。

実際に社会においてもそうです。プレゼンテーションであれば自分の考えを述べるわけですが、そこで自分のスタンスがしっかりとしていなければ(かつ、自信を持っていなければ)、聞き手を納得させることなどできるはずがありません。

もし、プレゼンテーションで突っ込まれたのであれば、考えやデータが甘かったからです。これからは気をつければいいのです。

人は色々と悩みを持ちますが、いつまで抱えていても解決などしません。

どこかで区切りをつける必要があります。恋愛もそうです。徹底的に考えた上で決心したのであれば、後は自分を信じるだけです。

もし、それが自分の思ったような方向で進まなかった場合は、もしかしたらその決定の際に何か仮定をつけていたのかもしれません。

そうした決定方法をしていたのであれば、その仮定が違っていたのですから、それを見直して再び決心して進めばいいだけです。

一番いけないのは答えを持たずに進むことです。

こういった状態で人に相談してはダメです。

貴方の人生なのですから?人生を大切にしてください。

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