ピュア・メディカル社長ブログ『HIROの自分が変われば世界が変わる』

北朝鮮との国境

2017.09.19

先週は韓国でした。

日本は台風の影響で天気が安定しないところもありましたが、東京を出発したときは天気でした。
そして仕事を終えた週末、韓国の友人がキャンプに誘ってくれていましたので夏休みを1日とって土曜日より2泊3日で行ってきました。

行先は東海岸でしたので、出来れば、アジアに緊張をもたらしている北朝鮮の国境まで連れて行ってもらいたいとお願いして、仲間も快く行程変更に賛同してくれたので「Tonsil Jung Mang Dea』まで行きました。

ここはソウルから3000kmほどのところで高速道ですと2か所で休憩を取りながら5時間以上かかりました。

国境に近づく15kmほど前から、道路のかかった橋下駄が非常に強大なものになりだしました。

これは北朝鮮が攻めてきた時に、ここを爆破して道路を遮断するためだそうです。

国境の手前1.5km地点の検問所で車をいったん止め、身分証明書を見せ車のトランクの検査をうけます。

これを終えますと通行証明書が渡され、車のフロントボードに置いて、ふたたび国境の展望台にゆっくりとしたスピードで向かいます。

そこでは見学に際しての注意事項が書かれた紙をわたされます。(書かれた内容は山に生えている薬草や食材となる草、松茸などは取らないようにと書かれており、万が一、地雷が埋められていたりしたら吹き飛ばされるとの注意喚起です)

展望台までの道は舗装されており、山の下には長い砂浜のあるきれいな海が見えます

ただし、そこに入ってはいけません。

海岸に降りれないように(北朝鮮の人が入ってこないように)鉄条網が万里の長城のように長く張り巡らされています。

そして、展望台のパーキングに車を止めて展望台への入場券(300円/人)を買います。

それから横にある視写ホールに入り、北と南の朝鮮戦争映画を20分ほど見て(歴史を認識させる目的なのでしょう)、いよいよ展望台へ歩いていきます。

展望台3階建てほどで、それほど大きな建物ではなく、敷地に白色の仏像が飾られています。

また、建物の正面には戦争の時に使われた飛行機と戦車が1台づつ展示されています。

展望台は山の上にありますので、北朝鮮を見下ろす形になり向こう側がよく見えます。

有料の望遠鏡が20台ほど置かれていましたので、のぞいてみると北朝鮮の国旗が1つだけ見えました。

でも、人も車も全く見えませんでした。

あと見えるのはきれいな北朝鮮側の海岸線と緑の無い山だけです。

これ以外は何もないところですが韓国が北朝鮮に接している一番近い場所で、3㎞先は北朝鮮です。

なかなか行くことのない場所でしょうから、一生の間に一度くらい行っておいてもいい場所かなと思いました。

添付した写真は検問所、展望台、韓国側の海岸線、展望台からの北朝鮮です。(ここでは中央に大きな塀が創られているのが見え、まさにこれが境界線となります)
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これからの香港

2017.09.11

先週は香港でした。

いつも使用する香港島のホテルは駅から近い上に、昔の庶民生活の様子が残っており、仕事においても仕事後においても私にとってはとっても気に入った場所にあります。

そして、今回は急な予約であったにもかかわらず、運よく高層階の32階の海側の部屋が取れてラッキーでした

仕事を終え、重いカバンをもって部屋に戻ったのは19時少し前。

急いでシャワーを浴び、蒸し暑さで汗ばんだ体をさっぱりさせました。

濡れた体を拭きながらカーテンを開けると、対岸の九龍島の街並みのネオンをバックに、ゆっくりと暮れていく香港湾に船の明かりが光輝き、それを静かに眺めながら、これからの香港をふと考えていました。

知っての通り、昔の香港はイギリスの行政化でした。

そして20年前にイギリスは主権を中国に返還し、今年の7月1日でちょうど20年目。

記念式典が盛大に行われたことは皆さんも記憶に残っているかもしれませんね。

当時、返還に際してイギリス・中国間の協定では、中国は50年間は香港の制度を大きく干渉しないことになっていて(つまり、香港は特別区としての扱い)、1国2制度の体制が引かれ、今まで香港で行われてきた制度(自由な行動)はそのまま享受できる内容となったものでした。

しかし、今回の20年式典では中国は確かに1国2制度を述べたものの、その内容は中国化教育や中国の軍事力を香港の人々にアピールしたものであり、真意は「これからは皆を中国の一員にするぞ!」と言った感じでしたよね。

この為、学生がはげしく大騒ぎしたことがニュースでも報道されました。

今までは「中国であっても中国でない」事を喜んできた香港の人々にとって、このことは一大事です。

もしこういった事になれば、多くの香港人は早く金を貯めて海外に引っ越した方がよいと感じたのではではないでしょうか。

何せ、自分達を「香港人」と呼び、「中国人」と呼ばないほど中国人と同じようにみられることを嫌っている人達なのですから。

まして、彼らは英語が出来ますから、アメリカやカナダ、オーストラリアやニュージランドに行っても全く不自由はしませんし、親戚も多くいますから生活にも問題はありません。

中国政府が香港への規制を強めれば、きっと香港の人達は海外に飛びだしてしまうことでしょう。

一方、今までの香港の経済力は中国のGDPにおいてとても重要でしたが、今や北京や上海などが復興して以前の6分の1ほどに落ちています。

そうなると返還当時のように中国政府も香港の声を重要視しないでしょうから、香港の街は今後どのようになっていくのでしょうかね。

香港には大きな産業もありません。

今は金融と貿易基地だけです。

もし、この分野で香港から「自由」というものを奪ってしまうと、香港の魅力は全くなくなります。

ですから、中国政府がそんな馬鹿な事をするとは思えないのですが、それは誰もわかりません。

マンションはどんどん高騰化し一般人にはとても住めない都市となり、皆が我先にと住居へ投資し、そして海や空気は汚染され、中国の大都市と変わらない姿になってしまうのでしょうか。

P.S
写真は香港島から九龍島を見たものですが、やはり香港は逆からみた方がキレイですね。ビジネス以外であれば、やはり宿泊はホテルも安い九龍島が絶対にお勧めです。
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「貧乏」という言葉がなくなった日本

2017.09.01

日本に居て特に思うのは「本当に安全で豊かな国」ということです。

安全については先週のブログにも書いたとおり、どこに物を置いても「盗んでいく人はいない」とつい思いがちになる点です。

また、ドラッグストアなどで「本日のお買い得品」を店外の棚に置いて宣伝していますが、そこにはこれを監視する店員はいなといった点です。

これも「誰も盗んでいかない」といった考えが基本となっているからでしょう。

外国であればたとえ人通りが多い場所であっても、盗まれるでしょうね。

こんなことが出来るのは本当に日本だけです。

一方、外国ではまさに「乞食」といった人を見ますが、日本にこれほどまでに落ちぶれた人を見ることがありません。

確かに不潔で匂いを発する浮浪者のような人はいますが、ゴミ箱をあさって食べ物を探すような人はほとんど見ません。

町を歩けばアルバイト募集のチラシはあちこちに張られ、働き口はたくさんあります。

今の日本で仕事をあれこれと選り好みしないのであれば、絶対に仕事は見つかると私は思っています。

ですから、こうした行動をとる人はその人の「趣味」だと私は思っています。

厳しく聞こえるような言葉ですが、日本はすばらしい環境を国民に与えている数少ない国だと私は信じています。

それはまさに国民の力によるものです。

決して経済力だけで出来るものではありません。

「素晴らしい国民性」という力によりこれが創られていると思っています。

今の日本には貧乏という言葉は私にはないと思っています。

「そんなことはない、私の家は貧乏だ!」と言われるる方もおられると思います。

でも、それは違います。

きっと、貴方は「質素な生活」をしているだけと思います。

無駄のない生活をしているだけです。

貧乏の言葉の中に私が感じる語感は「お金がない」以外に「清潔感に欠ける」といった感じです。

それはきっと多くの諸外国で乞食を見てきたからでしょう。

私にとっては乞食=貧乏なのです。

前にも述べたように日本には貧乏な人はいないです。

でも、質素な生活をしている人はいます。

つまり贅沢せずつつましく生活している人はいます。

でもこの質素に生活している人が果たしてお金がないといえるのでしょうか?

確かにRichでない方もいますが、決して私の意味する貧乏ではありません。

服装もきれいですし、お風呂にも入りますし住居もあります。

決して貧乏ではないのです。

でも、生活は厳しいといった言葉を吐く人がいます。

もし、もっと自分の望む生活環境をしたいのであれば、第二の仕事や自分の能力を高めればいいだけです。

行動すればいいのです。

自由な事をする環境がこの日本にあるのに、あなたがそれをしないだけです。

だからそういった言葉が出るのです。

私はいつも思っています。

「この日本には貧乏の人はいない」と。

その質素な暮らしの状況に不満を持つ人がいたらその考えはおかしいと。

もし今そうなっているとしたら、その方はただそうした暮らしが好きなだけのこと。

本当にその暮らしを変えようなどと思っていないだけと.

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